2019年1月19日~究極の選択~

このブログはメールマガジン「与贈工房通信」を発行している「与贈工房」メンバー“佐藤さわ”が編集後記として書いたものを転載しています。

編集後記

与贈工房の佐藤さわです。

西條さんの「水たまりの例」。めっちゃわかりやすいですね!
価値なんて、絶対的なものじゃないぞってことですね。

そして、自分らしく生きることや
自分が生きる意味を感じることに価値を置くんだったら、
即興的なドラマの中に身をおくのがいいよ、っていう話ですかね?

それだったら、すごくわかります!!

即興的なドラマを展開させることを意図して開いている場で、
組み立てた段取りや予定調和を壊しそうな人に対して、
イラっとしたり、「なぜそんなことをするのかわからない」を突き付けたりして、
排除しようとする人がいますね。

・・・なにを隠そう、私にその傾向がとても強いんですが(笑)
自分のことは見えないけど、他人のことはよく見えるのですよ。

最近は、「あー、この人、段取りを壊されることを恐れているんだなぁ」と
他人に対して感じることができるようになってきました。

でも、それができるようになると、
「あ、今、自分も恐れてるね」が見えるようになってくるんですね

じゃあ私が恐れているのは、一体なにを大事にしてるからなのか?と問いは進むので、
自分らしさや自分が価値をおくものが見えてくるわけです。

だから、他人と共創する「居心地の悪い居場所」が大事なんですね
つまり、「共創とは居心地の悪いものだ!」とあえて言ってみる!w

予定調和で、なぁなぁで、
価値や正解があらかじめ決まっているような居心地のいい場所を選ぶか、
居心地は悪いけど自分にとっての本当の価値に出会えるような場所に身を置くか。

んー・・・けっこう究極の選択だなぁw

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